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日々常々

ふつうのプログラマがあたりまえにしたいこと。

選択肢を奪わない

「報告、連絡、相談」と言うように、情報を伝えることはとても重要なことです。

重要だとか、社会人の常識だとか言うけれど、情報伝達の目的が何かがわかっていないと、とにかく言うだけになってしまいます。するだけでもそれなりに意味はありますが、それだと「やらされている感」があったりして、効果が薄れてしまう可能性があります。何のためにやっているかわからない行動は、優先順位も下げられてしまったり、相手に二度手間をかけさせたりします。


情報伝達の目的は「受け手に選択肢を与えること」だと思っています。
話を聞かされる人は、まずそれをどうするかの選択が出来ます。すなわち聞くか、聞かないか。聞くとした場合、次に内容をどう扱うかを選択できます。無視するか、何らかの行動を起こすか。何らかの行動を起こすとした場合、以下略。
一方で伝達が行われなかった場合、聞かないと言う選択も、無視すると言う選択も出来ません。「相手が忙しそうだから」等の理由で変に遠慮して情報伝達を行わないのは、相手の選択肢を奪う行為です。せめて聞かされていれば、自分の選択の結果だから仕方ないと(完全ではないにせよ)納得できる部分も出てきたり出て来なかったり。


目的が何かがズレていなければ、手段や内容もそれに沿ったものにすることが出来ます。
例えば、相談するのは相手に選択して欲しい時です。なので、相手にどんな選択肢があるかを見せるのがいいです。見える形で選択肢を出すことで、相手は選択に集中できます。また、選択肢に無いことは自分は考えられていないところであることを伝えることが出来ます。何の選択肢も提示せず「どうしましょう?」なんてことを言っても、そんな相談はされた方はたまったものではありません。それ相談じゃなく丸投げですし。この場合「まともに考えられていなくてほぼお手上げ状態であること」を伝えられているので、それに対するアクションを行うかを選択することが出来るので、相談しないよりはマシですが。


自分の知らないことでマズいことが起こったときに「そんなこと聞いてない!」とかキレるようなのは、聞いていようと聞いてなかろうと、お勧めできません。そんな恐怖政治を試みたところで、萎縮は情報の伝達も萎縮させる結果にしかなりませんし。情報伝達がされないときは、それがし辛い状況になっていることも多く、その状況を作ってしまっている可能性も高いと思います。もちろん常にとは言いませんが。


選ぶことすら出来ずに被害を被るのはたまったものではないので、せめて自分に関わることの選択肢を奪わないで欲しいなと思ったりする。間違いなく思われてたりもするので、無くしていきたい。気をつける(←役に立たない対策の筆頭)。