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日々常々

ふつうのプログラマがあたりまえにしたいこと。

ふりかえりのはなし

大晦日なのでふりかえりの話。でも、今年のふりかえりじゃ無いです。


「ふりかえり」って言葉はよく聞かれますし、やっているところも多いと思います。勉強会でもふりかえりをすることも多いですし、現場でも「ふりかえり」と言う言葉を聞くこともあって、結構名前自体は根付いているのかなと。

一方で、ふりかえりがまともに*1されていないのも事実です。と言うことで、私視点でのふりかえりアンチパターンを書いてみます。

定期的に開催しない

ふりかえりにより期待する効果を得るためには、定期的に行う必要があると思います。ダメなパターンでは、ふりかえりが条件付きで行われます。例えば……

  • 大きなリリースが終わった時
  • トラブルが発生し、それが解決した時

"条件付きで行われる" ではなく、何も無くても定期的に行われてこそ意味のあるものなんじゃないかなと。

閉じた世界で行う

ふりかえりに参加する人の選択はそれぞれかと思いますが、「チームの中で人により担当するものが違い、その問題のみを対象にする」と、明確な問題は把握していて然るべきですが、解決策の第三者的な視点が不足しています。当事者では指摘し辛い問題は多く、具体的なことをわかっているゆえの言い訳が先行したりします。さらにチームでの情報共有効率はガクンと落ちます。
情報の共有を解決するために「ドキュメントを書く」なんてやりますが……(続く)

情報共有をドキュメントに頼る

一つ前から続きますが、「対応策のドキュメントを書いてください」で終わるふりかえりもあります。後から確認するとかもありますが、ドキュメントで伝達できることは直接話して伝わることよりも少ないと思います。読んだだけでわかるようなドキュメントの作成にかかる労力はハンパありません。
また、ドキュメントを作成することになると、「この場で聞かなくても、後でドキュメントを見れば良いや」となります。「後でやる」とはしないと言うことです。

単発

「ふりかえり」と言う名目の活動はしている。KPTっぽいものをやったりしている。けれどコレジャナイと感じるものの代表がこれだったりします。「ふりかえり」の名前からイメージしたのかもしれませんが、特定の活動に対してのみ行われ、そこで終了となるもの。兆候をわかりやすく言うならば「前回のふりかえり内容」がふりかえり時に出て来ないものです。そんなふりかえりに何か価値があるんだろうか。

何もかも終わってから

ふりかえりが単発になったり、定期的に行われないことの原因になっていると思われるのがこれ。ふりかえるのは片付いてから……と思っている人が意外と多くいます。そしてそう言う人に限ってDoneするのが苦手。「まだ残課題があるから……」と言ってふりかえりを先延ばしにするのを見てると、コレジャナイ感が拭えません。特別なイベントと捉えてしまっているから、そうなるのでしょうが。

とは言うものの

正直に言って、私自身が「まともなふりかえり」と言うものを殆どしたことがありません。ふりかえりガイドとかを読んだり、実際されている人の話も聞いたりして、「こういうものなんじゃないかなー」と言う考えはあるのですが、あくまで机上の空論状態。
多人数でのふりかえりを実践できる "壊してよいおもちゃ" が限られていて、「このふりかえりに物申す!」と出来ていないのは、私の自業自得でもあります。言い訳してる場合じゃないのにな、とは思いつつ。思いつつ。

*1:「まとも」なんて言葉は焦点がぼやけるのでなるべく避けたいのですが、うまい表現が思い浮かばない……